「クソッ……」
奴にチェスの勝負を挑んで、いったい何戦目になるのだろうか?
覚えている限り、数える程しか勝てた試しがない。
「イザーク……またアスランに負けた?」
「うるさぁいっ!」
同室の男に憤慨し、またしても吠える。
もう喉が灼けそうだ。
「何でかねぇ。俺は結構、お前もいい線いってると思うんだけどな」
「いい線いってたって……勝てなきゃ意味がねぇんだよぉっ!!」
男がだらしなく座る椅子の背もたれを全力で蹴り飛ばす。
「うわっ! お前っ何すんだよ!」
「いってぇーッ!」
床に固定された堅牢な椅子を蹴ったものだから、当然の如く足の方が痛い。
クソ、とまた悪態をひとつ。
「んー……まぁ悪かねぇんだが、ところどころ読みが甘いってか。雑なところはあるかもな」
腕を頭の後ろで組んで、男は呟いた。
「一流は、細部に手を抜かない、らしいぜ?」
俺が、この俺が、二流だと言いたいのか?
腹の立つ男め。
「一度、アイツとの対局をひとつひとつ分析してみたらどうだ? 自分の手を振り返ってみろよ」
自分の悪手を見返すの、キッツイけどさ。
なんて、まるで俺の師匠か何かのように、鳥の巣頭のこの男はのたまった。
「……貴様。この俺に助言したからには、今晩は寝ないで付き合えよ」
「って……え、えぇ? お前寝ないで、って」
何を勘違いしているんだか、顔を赤くしてドギマギしている男の頭を叩いた。
「バカ! 対局の研究だっ!!」
「あ、ハイ……だよなぁー……」
苦笑した男は、モバイル端末を取り出し動画を見返し始めた。
「こないだので良ければ、撮ってあるぜ」
やたらにマメマメしい男だ。
「……よし。チェックメイト少し前の手から始めるぞ……」
負け戦を追体験するなど、この上なく最悪ではあるが、この男は他人を、もちろん俺のことも、よく観察している。
だからこそ、不本意でもきっと、俺にとってこれは意味があるはずだ――。
「次勝てなかったら、カフェテリアでデザートを奢れよ」
「お前――、ホンット、そういうの嫌われるぜぇ?」
俺だけにしとけよ、と男は言って、呆れた顔で、それでもその晩、俺とコイツは空が白むまで対局研究に明け暮れたのだった。
end.